斉藤 ここ二十年間にわたってのデフレ不況によって、日本は若者にとって暮らしにくい国になってしまいました。先生は安倍首相のブレーンとしてアベノミクスを主導し、経済を元気にするために頑張っています。私も日本全体が復活するためには教育を変えなければならないと思い、起業しました。日本と世界の未来を見つめて、先生から若者に対して激励の言葉を頂きたいと思います。
浜田 斉藤さんも日経・経済図書文化賞を受賞してイェールでも優秀な研究者として期待されていたのに、日本に帰られたのは残念です。ただ大学人というだけでは社会を変えることは難しいですね。僕の場合は本が売れたりしたので、十年前よりはずっと話を聞いてもらえるようになりましたが。斉藤さんは衆議院議員を経験し、日本の社会を知っていて、しかも外国の事情も知っていますので、若者の教育という非常に重要な側面で力を発揮できるというのは、喜ぶべきことで、僕に出来ることがあったら大いに応援したいと思っています。
斉藤 ありがとうごぎいます。光栄です。さて先生からご覧になって、最近の日本の若者の印象はどうでしょうか。
浜田 日本人の学生と話をすると、礼儀正しいけれども、何を考え、何がしたいかというのが伝わってこないですね。
斉藤 最初から正解を尋ねてくるような学生が多い印象です。研究というのは答えが自明ではないことを問いかける作業ですので、答えが決まったことばかり学んできた日本人にはつらい側面があるのかなと思います。
浜田 受験勉強の悪い面が出ていますね。もちろん受験勉強のいい面というのもあるのですけれど。
斉藤 一方で米大学の先生方と話をすると、米国人学生もおとなしくなったと聞きます。
浜田 そうなんですよ。二十年前は講義の三分の二を用意していけば、残りの時聞はさまざまな質問が出て、それに答えていくような感じだったのですが、今は準備していったものが終わっても、あまり質問が出てこないような状況です。
斉藤 冷めた若者気質というのは、日米共通であるのかもしれませんね。
浜田 大学というのは、問題を見つけるところが一番面白いわけですが、これがあまり理解されていない。学問をやっていて楽しいのは、わからないことが自分なりに何らかの意味でわかっていく喜びがあるというのが重要です。今のように教科書を覚えて、「乗数効果というのが何か」とりあえず知っていることがマクロ経済学であるという教育方法では、デフレの続く現状には太刀打ちできないと思います。それだけでなく「今、経済学ではこれをやるべきだ」というのが現実社会の動向とは無関係に、学界の流行で決まってしまい、これに乗らないと教員として採用されない風潮があるのではないかと懸念します。
斉藤 昔は「早くテニュア (終身在職権) をとって、自由に発言できる立場になれ」と言われましたが。
浜田 雑誌に論文が採用されることばかり考えてしまいがちで、現実の経済メカニズムの視点で考える人が少なくなりました。昔も学界の世渡りに2、3割の労力は使っていたけれども、今はそれが7割になってしまっています。
斉藤 学問の世界も役所のように組織の論理が幅をきかせていますね。
浜田 アベノミクスは、金融政策でデフレや不況から脱出できるという考え方ですが、一方で実物的景気循環論の立場に立てば金融政策は効果がないという結論になります。日本の学者は、学問の権威に縛られすぎていると思います。自己弁護ではありませんが、東大では僕は授業の準備に関して怠け者で、講義でも頭に浮かぶことをどんどん言ってしまい評判が悪かったのですが、良かったと思うのは、ゼミの学生に何でも思ったことを言わせたことです。僕のゼミで育った人は皆、役所や会社に入っても自分の主張を堂々と述べるようになりました。ある意味で生意気な学生を育てたことは、教育上の貢献だったかもしれませんね。
斉藤 なるほど。教育については、あえて全て教えずに考えさせる、間合いの取り方の難しさがありますね。
浜田 僕が先生から習ったことは、みんなの考えから少し外れたことをどうしたら考えることが出来るのかということ、これが学問をやる上では重要だということです。
斉藤 それは大学院の段階ででしょうか?
浜田 大学院になって急に出来るようになるわけではないですよね。
斉藤 大学でも高校でも、そういう問いかけの部分が必要ですね。
浜田 僕が斉藤さんにお願いしたいのは、日本の英語教育と同時に発想の形を変えていくことです。
斉藤 日本の英語教育についてはどうお考えですか。
浜田 僕の両親は二人とも英語教師でしたが、その当時僕は英語が話せなくて。それで横須賀の米海軍大佐に英語を習いました。若い時に音感を鍛えるには、ネイティブの話す声を聞くのが一番重要です。以前、渡部昇一さんと対談しましたが、彼は文法をしっかり教えるべきだという考えですね。僕もその点は賛成ですが、それだけでは使い物にならないですね。
斉藤 渡部昇一さんは大学の先輩にあたり、同じ山形出身です。
浜田 では一度是非三人で話しましょう。文法だけを覚えて、試験のために学ぶの
ではちっともおもしろくない。実践的に英語が使えるようにならないといけない。
いい大学に入り、いい会社に入るというのが目的になってしまっているのが残念です。
斉藤 今、海外に留学したいと考えている子どもたちと話をしても、「MBAをとりたい」とか「いい会社に就職したい」という声を聞くのですが、もう少し学ぶこと自体の楽しさを感じてほしいなと思いますね。
浜田 そうですね。いろんな意味で海外にいくというのは、大変なことはいろいろありますが、見ず知らずのことを経験し、人聞を成長させるという点ではとてもいいことですしね。
斉藤 就職する前に様々な国の人々と友情を育む経験が必要だと感じています。
浜田 国際社会では何か問題があれば、相手と交渉して説得します。今の外交でも、中国や韓国に対して、週刊誌などで相手に伝わらないように反駁しても仕方ありません。望ましい方向に相手を動かすにはどうしたら良いのかという視点が大切です。
斉藤 私の主宰する英語塾でも先生のアドバイスを生かして中高生の英語力をどんどん鍛えていきたいと思います。
(この対談は、2013年12月、米国コネティカット州、浜田先生のご自宅で行われました。)